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自分で答えを見つける努力とは向き合うこと

どうしても、ヘリオセントリック(太陽視点)の星占いでは、ぼんやりというか抽象的な言葉しか出せないために、「想像していたものよりもわかりずらい」と思われる方と遭遇してしまいます。

このミスマッチをどうしたら良いのか?

と考えて最近思ったのは

きなこ

きなこ

「自分で自分なりの答えを探すことができる人」なのかも?

え?私の魂について教えてくれんじゃないんですか!?

占い好きさん

占い好きさん

ということです。

最低限の象意を組み立てる想像力は創造力である

一般的な星占いでは、アイデアと行動力の「火」、物質と安定の「地」、知性と移ろいの「風」、感情と想像力の「水」の4エレメントや、「活動」「柔軟」「固定」といったクオリティを見るだけでも、かなりその方の性質を判断することができます。

他の命術でも同じです。

これは、持って生まれた肉体とその生まれ落ちる環境から、実際に受ける影響を想定して現れてくる性質と言えると思います。

多くの歴史と叡智の結晶により、意味持つ言葉やシンボルを組み合わせることで、人は多くのことを考え、そして「人」という存在を見つめてきました。

そこには比較するための自然や物質、物語と感情、宗教観が存在し、だからこそ「具体的」にアプローチできているのだと想います。

反対に、ヘリオセントリックでは「形のないエネルギー性質」を読んでいます。

それら肉体に付随して発現する性質のさらに深くに眠っている秘めた力。

それを神秘やサイキックな能力と捉えてしまうと違うのですが、私達自身が、実際に生きている世界の物理的現象に基づいたルールや常識に当てはめることのできない、‘感性’、‘思考’、‘感覚’、‘湧き上がってしまう気持ち’を示しています。

こうやって言葉にすると、やはり一般的な占星術のシンボルを踏襲しているのだから、あえて「魂」とか「エネルギー性質」という方向に持っていかなくてもよさそうなのですが、もっとカタチのない、これらはどんなモノや人があろうと、失われることなく根付いている個々人の「観念」とか「概念」なのかとおもっています。

そう考えてしまうこと。

そう行動してしまうこと。

この観念が、実際の世界とマッチしている方は、すんなりと生きていけることでしょう。

しかし、これが今の時代、今の世界とずれていると、それだけで苦しく悲しい思いをされると思います。

かつての私も、「周りの普通」「一般的」「当たり前」という言葉と仕組みに悩み、不毛な挑戦を続けながら、多くの自己啓発や占いを渡り歩きました。

結果、根本的に『求めているものが違う』ということに気がついけたのが、このヘリオセントリックという占星術でわかった性質です。

占いも、今は「はっきり」「すぐに」わかるものが求められるけど本当に一致することは書いていない

いろんな書籍、診断サイト、占いによって、

・あなたに向いているのは…

・あなたの適職は…

と、教えてもらえてきましたが、いざそのとおりを目指してみると、どうにも楽しくないばかりか体調を崩す一方でした。

確かにこれらは、物理的には「できる」「達成しやすい」といった適正でした。

それは間違っていなかったのです。

けれども、心の内…誰に伝えても共感されない部分では、「教えてもらった答え」は少しズレていたのです。

全ては現実に即した答え。

すでにこの世に存在するものの中から提供された答えです。

ここまで読んでくださっている方は気づかれたかもしれませんが、誰かから提供されたものが、本当にぴたりと当てはまることはないのです。

きなこ

きなこ

必ずどこかで「もうちょっと〇〇だったら…」という想いが生まれるからこそ、この世にはあらゆる製品、あらゆるサービスが数え切れないくらい生まれています。

私も、読んでおられるあなたも、恐らくは明快な答えを求めて調べておられたはずですが、本当に腑に落ちる答えを提供してもらえることはないのです。

結局は、自分の中にある違和感の謎を紐解き、一般的な常識を一度取り払った透明な心のフィルターで、隠れた本音を見つけるしかないのです。

繋ぎ合わせた要素は共通のものでも、答えはあなただけの「別物」になる

・あなたは〇〇座だから…

・あなたには〇〇があるから…

定型文と憶測だけでは、ぴたりとハマる答えは出てきません。

他者からはどうしてももらえないものなのです。

ヘリオセントリックはそういった意味では、「読み方」を提供はできても、本当の答え(役割や使命だと感じられるもの)』を、自力で探し当てるツールです。

だからこそ、人によっては「全く当てはまらない!わからない〜!」と感じる方と、「あ!わかります!やっぱり〇〇だったんですね!」と、自分の中の違和感と紐づけて考えつく方とで分かれていくようです。

本当に魂の望むことと現実がリンクすることで、納得感は生まれる

エゴの先に見えてくるもの、理解できるものがヘリオだとか、地球での使命をやりきったあとにわかるもの、という見解もあるようですが、私としては、「地球で生きていく上での大きな指針(太陽星座のさらにその奥にあるもの)」ではないか?と感じています。

ホロスコープが読める方であれば、

AC→IC→DC→MCが人生の流れであり、太陽星座がその人の大きなテーマです。

そして、アンチバーテックス(陥りやすい人から求められること)とバーテックス(社会で背負わされる役割)という感受点により、どんな歩みをして、どんな仕事を背負うのか?がイメージできますが、そこに私達自身の本当に望むことが果たして反映されているのか?が、ちょっと不明瞭であったことを思い出します。

私の未熟さゆえの読み込みの浅さとも言えますが、そこをカバーするのがヘリオの目に見えぬエネルギー性質なのだと思っているのです。

実際にホロスコープを出す時、太陽星座の180度対向位置が、「地球星座」となり、あなたが地球でなにをしにきたか示されている星座となります。
(参考:ヘリオセントリック占星術で使う「地球星座」の活かし方とは?

いきなり使命とか魂とか言われてもわからない!だから今の自分を深堀りしていく

物理的には、

「ああしよう」

「こうしよう」

「こうしたほうがいいのうだろう」

という『現実的なこと』を誰もが考え、実行しています。

けれども、そこに「楽しさ」や「充実感」「幸福感」が、本当に感じられているのでしょうか?
行き詰まっていたり、そう思い込もうとしていないでしょうか?

たぶん、誰かや何かに植え付けられた価値観とか、常識の上を生きてきた人にとっては、不満や悲しみが同棲している人生となっていたはずです。

確かに「占い」で言い当てられたような「出来事」とか「考え方」は、‘そうなるようになっていたから仕方がない’と感じるかもしれません。

でも、そうなるからといって、「そこで感じること」とか「そこの行動の仕方」そのものが、「自分の気持ちを無視してまで忠実に再現する必要がある」のでしょうか?

きなこ

きなこ

正直、私は「こういう星回りだからこうなのは仕方ないのか。ふーん。そうか…」と、ちょっとつまらないというか、嫌だな。と思ったことがあります。

男女関係とか、仕事のこととか、なんだか自分の思い描いていた未来とは違っていたので、ただただ嫌だなぁと思ったのです。

もし、読んでいて「辛い」「もしかしたら私もそうなのかも」と思われましたら、その原因について、まずは何でもいいので書き出してみてください。

吐き出すだけ吐き出して、見えるものがあればそこを対処していくのです。

それでもわからなければ、占いという叡智も使ってみてはいかがでしょうか?

私は必ずしも、誰にも占いというアプローチが必要だとは思っていませんが、人とは「己の見たいものしか見ない(見れない)」という構造を持っています。

うっ!確かに、嫌なこと言われたって感じるときって、「こういう風に言ってほしかったのに!」っていう気持ちがあったかも…

占い好きさん

占い好きさん

きなこ

きなこ

恋愛関係だと特に多いですよね。
うまく自分と向き合えないと感じるならば、星やタロットカードのように、何かを介してご自分と向き合ってみてもいいかもしれませんね。

ことヘリオセントリックでは、「〜のようです」「〜だと思われます」「〜ということをされてきたかもしれません」と、断定しない言い回しで鑑定をしているのですが、この『投げかけ』をもとに、依頼者様には、ご自分の中で感じたことをちゃんと精査していただければいいなと思っています。

・当てはまらない→なぜ?どうして違うのか?違ういい回しなら良いのか?

・当てはまる→なぜ?実際にどこに共感できたいのか?当てはまった現実があるのか?

また、鑑定書というデータにしてお届けしていることによって、読んだ時とはまた違う状況や体調、環境で、自分の中に起こる反応も変わってくると思うのです。

断定できない=自分で見つけないと納得できないもの(生き方)だからこそ、私は自分で探そうという方のお手伝いになればいいなと思っています。

きなこ

きなこ

ヘリオセントリックは、スルメイカのようにじわじわと旨味を感じるというか、なんども読み返して疑問符を解析していくことによって、作られた自分と本当の自分(抑えていた自分)を、統合できるツールなのかもしれません。

魂の性質がわかれば全て解決するかもしれないけど、それは自分で見つけるもの

期待している方にとっては、がっかりしてしまう内容かもしれません。

でも、たった一度の人生を、誰かや何かに言われたこと、占いで出たことを全てと捉えて過ごすには、あまりにももったいないではないでしょうか?

自分が気に入らないこと、納得できないことを飲み込みいなすことが、私達は大人であり、協調性だと教わってきました。

けれどもそうして出来上がった今の社会では、息苦しく誰もが不満を訴えています。

無理に自分を世界に当てはめるのではなく、本来の自分にとって、

  • どうしていきたいのか?
  • どうなりたいのか?
  • どういう状態が負担なく過ごせるのか?
  • どういう人達と関わっていきたいのか?

という部分をしっかり自覚し、その上でどのように振る舞うのか?どのように社会の中で生きていくかを考えなければいけないのではないでしょうか?

きなこ

きなこ

がんばってきた人ほど、自分なりの「答え」って見つかりにくいかもしれません。

でも、もうそろそろ、自分のために生きてみてはいかがでしょうか?

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